───リビングは緊迫した空気に包まれていた。

テーブルの上には、焼き鮭とキンピラ、海苔と卵焼きと、豆腐と若布の
味噌汁。伏せてあるお茶碗と箸置きに乗せられたお箸。

典型的な日本家庭の朝食風景だ。

もちろんお茶も入っている。

まだ冷めてはいない。
冷める前に食べなければ・・・・・・。

否っ! 食べてもらわなくてはならないのだ!

その緊迫した雰囲気を語るように、朝食は三人分用意されており、用意
した二人は手を後ろに組んで睨み合っていた。

勝負とは、先の先の手の読み合いだ。
経験に培われた勘が物を言う。

二人の頭の中では、物凄い速度でシュミレーションが行われ、眼に見え
ぬ牽制がお互いの心を撃ち合っていた。

実際の時間にして一分弱だ。

しかし、二人の思考速度が現実という時間枠を凌駕し、碗から立ち昇る
湯気さえも止まって見える。

今の二人には、ハエの羽ばたきすらもスローに見えるであろう。

「行くわよ」
「わかってるわ」

「「・・・・・・・・・・・せーのっ」」


「「さっいしょはグーっ!
 じゃんけんホイっ!!!」」


「勝ちぃっ!!」

茶色みがかった赤い髪の少女が勝ち名乗りを上げ、横にある少年の部屋
に飛び込んでゆく。

「あう〜〜〜・・・・・・」

“チョキ”という攻撃手段によって敗北した、青みがかった銀糸の髪の
少女はガックリと膝を崩して運命神に呪詛の言葉を吐いた。

さぞかし運命神もメーワクだろう。
ジャンケンに負けたくらいで“リリス”に呪われているのだから・・・。

部屋に飛び込んだ少女は、入った時の勢いを消失させ、熟練の暗殺者が
ごとく標的に気配を消して近寄ってゆく。

「シンジ〜〜朝ごはんできたわよ〜〜 起きなさーい!!」

あきれるほど小さな声で叫び(器用だ)、ベットに近寄ってみると、す
うすうと寝息を立てて天使が眠っていた。

いや、天使のような少年が眠っていた。

『ゴクリ・・・』

まるで城に押し入って姫君に乱暴を働こうとする悪漢のように口元をぬ
ぐい、制服の胸元をゆるめつつ近寄ってゆく。

『シンジぃ・・・早く起きないと、お婿さんにいけない身体にしちゃうわ
よ〜〜』

と、心の中で言う。
当然、気配を消したままだ。

少女の頭のデータバンクには、“前”の世界のシンジとの“経験”から、
彼の性感帯は全てインプットしてある。

ドコをどーやって、どーしたら、どーなるとゆーデータはバッチリ覚え
ているのだ。

ただ、実戦で少年に使用した年齢は二年近く先であり、“こっち”の世
界では、今はまだ使用していない。

───いや、これから使用するのだ。

ジリジリと近寄る悪漢少女。

それがとびっきりの美少女なのだから、気がついても抵抗できるかどう
か・・・。

『シンジぃ・・・痛くしてもいいからね〜・・・』

するりと制服を脱ぎ去り、少年に覆いかぶさろうと・・・。

「そーはいかないわよっ!」

ポンッ!! すかーーんっ!!

ブシュウウウウウウウッ!!

「っ痛・・・・・・痛ったぁああっ!」
「・・・え? わぁあああっ! アスカ、何やってるんだよ!!」

驚いて目覚めたシンジの横には、下着姿で頭を抑えてうずくまるアスカ
と、自分の部屋の入り口でシャンパンをもったレイの姿が眼に入った。

アスカに対して、よ〜〜く振ったシャンパンの栓を発射するという攻撃
手段をとったのである。

ただ、この攻撃には難があった。

シンジの部屋とアスカの制服がびしょ濡れになってしまうことだ。

結局、アスカの着替えとシンジの部屋の掃除によって、少なくなった時
間の中で、あせって朝食を食べることになってしまった。

「朝ごはんくらい、ゆっくり食べたかったなぁ・・・」

お互いの責任を罵りながら朝食をかき込む二人を眺めつつ、ため息をつ
く少年。

でも、その眼差しは楽しそうでもあった・・・・・・。




はっぴい Day’S
3・STEP 真・雑居時代(前編)

あの日、

レイとの再会の興奮も覚めぬまま帰宅すると、家では異変が起こってい
た。

なんと、自分の部屋に自分のものがソックリ無くなっていたのである。

机や本棚はもとより、コッソリ隠してあったヒミツの本に至るまで、何
一つ残っていないのだ。

「シンジ・・・」

呟く様な声に振り返ると、そこには申し訳なさそうな表情の父が立って
いた。

「と、父さん・・・コレ、どういうこと?!」
「すまない・・・」

今までの(“前世”を入れて)人生で見たことのない、力なくうなだれ
た父の様子に、シンジは慌てた。

父の身に、何かが起こったのだ。

「どうしたの?! 父さん、何があったの?!」

父の身を案ずるシンジに感涙するゲンドウ。

『むう・・・・・・なんと良い子なのだろう・・・』

ヘンなタイミング感動し、息子を抱きしめようして、

パカーンっ

妻のユイに後頭部をパンプスの踵で引っ叩かれてしまった・・・。

「く、くぉおおお・・・眼の奥に獅子座L77星雲が散ったぞ・・・・・・」

うずくまったゲンドウを無視して、シンジに眼差しを向ける。

「シンちゃん、ゴメンね・・・シンちゃんだけ別のマンションの部屋で暮
らさなきゃならなくなったの・・・」

と、イキナリとんでもないことを言い出した。

「な、なんでさ?!」

困惑するシンジに、

「お父さんの実家知ってる?」
「父さんの・・・?」

母親譲りの明晰な頭脳のデータを検索する。

『確か、“こっち”の父さんも婿養子として母さんと結婚したんだっけ?
 えっと・・・結婚前の名字は・・・・・・・・・あっ!』

「ろ、六分儀・・・?」
「そうなの」

レイの“今”の名字と一緒だ。

・・・シンジは猛烈にいやな予感がした。

「それでね、シンジにとって遠縁の伯母さんにあたる人が、ある財閥の
トップになってらしてね、NERVの大口のスポンサーになってくだ
さってるのよ・・・」

ため息をつきながら説明するユイ。
まだ大学生と言っても通る外見と仕種だ。

「あの女・・・いや、伯母は、私とユイが結婚する時に、親族会議で賛成
したくれた恩がある」

なんとか復活したゲンドウが後を続ける。

「ただ、条件を出されたのだ・・・」
「じょ、条件?」

うむ・・・と深く頷くゲンドウ。

「伯母曰く、『一度だけ、私のお願いを何でも聞いて実行する事』だっ
 た・・・・・・」

「そ・・・それは・・・」

流石にシンジも冷たい汗が流れる。
下手すると『別れろ』言われて、別れなければならないのだ。
なんとも危ない条件を受けたものだ。
こんな男ならすぐに『オレオレ詐欺』に引っかかるだろう。
よくもまぁ、NERV司令なんかやれたものだ。

「結婚以来、今日まで沈黙を守っていた“条件”は、お前が登校して十
五分後にファックスで送られてきた」

一枚の紙切れがシンジに差し出された。
とても短いが、ハッキリとした命令書だった。

『(甲)碇ゲンドウの長男である(乙)碇シンジ。
我、(丙)綾波レイカが孫、(丁)六分儀レイと、指定の部屋にて同居させる
こと。
尚、(乙),(丁)の生活に対し、(甲)夫婦は一切、口を出さないこと。
この指令に違われし時、(丙)は今後一切の援助を停止し、親族会議を行
い碇ゲンドウ夫婦の別居を“可決”させる』

「これって・・・・・・」

後頭部にでっかい汗をたらしながらシンジが口を開いた。
完璧な脅迫文である。

「うむ・・・・・・とてもマズイのだ・・・・・・」
「レイちゃんのこと、覚えてる? 五つまでアスカちゃんの部屋で暮ら
してたシンジの遠い従妹の女の子」

『従妹だったのか・・・・・・“こっち”のレイは・・・・・・』

昨日のレイたちとのやりとりを思い出して赤くなる。
命令書は、ハッキリ言って問題だらけだったが、有無を言わせぬ何かが
あった。
それに、レイと暮らすというのにも、魅力を感じているということに否
定は出来ない。

「シンジ!! 浮気はダメよ!! あなたにはアスカちゃんという彼女
がいるでしょ!!」

いきなり心を読まれて怒られた。流石は母親である。

「え?! あ、そ、そんなんじゃ・・・・・・」

慌てて否定するが、語尾はあやふやだ。
別にアスカがいやなのではない。その反対だ。
だが、レイの事はどうだと聞かれると・・・・・返答に困る。

前の世界でもお互いを憎からず思っていた。それはアスカに強く誤解さ
れて、アスカの孤立感を強めるきっかけになったほどなのだ。

流石に“こっち”では出会っていなかったので、そんな関係にはならな
かったようだが・・・・・・。

───アスカは好きだ。そして、レイのことは・・・・・・レイのことは・・・・・・。
あ゛あ゛・・・・・・僕って・・・・・・・・・・・・。

いくらか改善されたはずの優柔不断さが、またも発揮されてきていたの
である。

「だが、シンジ。考えてみればラッキーな話だぞ? 向こうの家族公認
で手をつけて良いのだ。これはハーレム状態でウハウハな・・・・・・・・・
(ぶごしゅっ!!)うぐぉっ!!!」

ゲンドウの後頭部にユイのハイキックがきまる。
膝から入った見事なものであった。

───今の蹴り・・・ムエタイ・・・? 母さんて・・・・・・。

「まったく・・・アナタにはあとでお説教ですからね!」

足元に突っ伏しているゲンドウにビシッと指を刺す。
彼はピクリともしない。

「・・・・・・わかったよ・・・とにかく、指定されてる部屋で住めばいいんだ
ね?」

半ばあきらめたように言うシンジ。

「ゴメンね。シンちゃん・・・」

申し訳なさそうに謝る母。

彼女は、シンジが自分の場所に踏み込まれるのを極端に嫌っている事を
知っている。
もともと大人しい少年は、静かな場所を与えられることによって自分を
確立する。どちらかというと芸術家のそれに近い。

事実、この少年はチェロを引く。

「安心しろ。シンジ」
バネ仕掛けのように立ち上がるゲンドウ。

復活早っ!

流石に引いてしまうシンジ。

「手は打った」

ニヤリと笑うゲンドウ笑いに戦慄する。
内容はともかく、その笑みは前の世界のそれであった。





「ぬぁんですってぇええええ
えええ??!!」

所変わって惣流家。

「す、すまないアスカ!!」

赤みのある茶髪を怒りに燃え立たせた娘の前で、ナニがどう『すまない』
のかは理解の範疇外なのだが、文字通り平身低頭する父。
今のアスカは、髪の色とあいまって鬼神のようにも見える。

「落ち着きなさい。アスカ」
「お、落ち、あ、あた、アタシは、落ち着いて、おち、お」

うまく言葉にならない。
怒りで言語がまとまっていないのだ。

この家にシンジ同棲の顛末を伝えたのはユイであった。

常々、ユイは“碇アスカ計画”を提唱していたのだから当然といえる。
どーせ夫は当てにならない。なら、嫁の筆頭候補の家に伝えるのが筋で
あろう。

そう思って、連絡を入れたのだ。

だが、電話を取ってしまったアスカ父には不幸だといえよう。

たまたま仕事が早仕舞いとなり、愛する家族の元に帰還したのだが、こ
んな罠が待っていようとは・・・・・・。

当然ながら、アスカにこの事実を告げる事によって八つ当たりを食らっ
てしまったのだ。

『レイぃいい〜・・・やってくれたわねぇええ〜』
心の中でのアスカの顔は、もっと怖かった。
見る人が見れば、地獄にて鬼を食らう鬼“マカカーラ”を想像したであ
ろう。
それほど激怒していたりする。

『ア、アスカ〜〜・・・怒らないでくれよぉ・・・許してくれよぉ』

往年のシンジ少年のような泣き言を心の中で漏らす父。
威厳もへったくれもなかった。
だが、アスカはそれどころではなかった。

───このままだったら、あの女に薬でも盛られて、シンジは・・・・・・・。

『か、身体が、熱いよ・・・』
『大丈夫? シンちゃん』
『あ、綾波ぃいい・・・我慢できないよぉ・・・』
『いいのよ。我慢なんてしなくても』

『あ、ああ、綾波ぃいいっっっ!!!』

『あん♪ 今は六分儀だって・・・ヤん☆ 駄目だってば・・・・・・☆ シン
ちゃんってケダモノ〜〜♪』

がるるるるるるるる。



「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!! シンジぃいいっ!!!」

妄想を爆走させたまま、飛び出そうとするアスカ。
それを止めたのは頼りになる大人の女。母、キョウコであった。

「ママ、どいてよっ!」

「落ち着きなさいアスカ」

やんわりと口を開く。その声は自信に溢れていた。

「・・・・・・何か、手があるの?」

流石の鬼神も、その声音に落ち着きを取り戻す。

それを見てキョウコは微笑みながら一枚の紙を取り出した。
さっきユイからファックスで送られてきたものだ。

「これは?」
「これが、ユイの家に提示された“令状”の内容よ。アスカ、よく文章
を見て」

そう言われて、短い文章を噛み締めるように読む。

「・・・・・・っ! ママ!!」

「そうよ。流石は私の娘ね。よく気がついたわ」

ニッコリと出来のいい娘を誉める。

「この“令状”に、碇夫婦はシンジくんとレイちゃんの生活に口を出し
てはならないってあるけど、それ以外はないわ。それに・・・『二人だ
けの生活をさせること』とは書いていない・・・」

「「ニヤリ」」

二人は“女”の顔で笑みを浮かべる。

夫の心の中の“男”が、そんな二人の様子に恐怖する。

「いい? アスカ。恋愛は戦争よ。シンジくんを蹂躙してでもモノにす
るのよ!」
「イエッサー、ママ!!」

ジャキンッ!! と敬礼する娘。

『ああ・・・アスカよ・・・お前も“女”という生き物だったんだな・・・』

と父は涙していた。

「あ、でも、蹂躙してくれた方が嬉しいかも♪」
そんな言葉を漏らす娘に、父は又も涙をするであった。



「アタシも一緒に住むわよ!!」
「どーぞ♪」
交渉は一瞬で終わった。
言いだしっぺのアスカでさえ、呆気にとられた位だ。

「だって、勝負はフェアじゃないとね☆」
・・・・・・だそうである。

「部屋は3LDKだけど、一つは倉庫だから、残りの好きな方を使って
よ」
「アンタの部屋はどーするのよ?」
「決まってるでしょ? シンちゃんのトコ☆」
「ふざけんじゃないわよ! シンジと寝るのはアタシよ!」
「あ〜ら。別にいいわよ〜? でも、子作りするのは、わたし☆」
「ナ〜ニ言ってんのよ! アタシが孕むに決まってんでしょ!!」

道行く人が、ギョッとして少女たちを見る。
とてもじゃないが、女子中学生のセリフではない。

そんな二人を視界に入れ、これからの生活を思い、シンジの心は重かっ
た・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・かと思いきや、実はそうではなかった。

現に、二人を見ていない。

引越しの間中、仲良く(?)口喧嘩を続ける二人に気が付かないかのよ
うに、荷物を運び、そして慣れ親しんだように部屋に運ぶ。

部屋に入って懐かしむように見渡し、キッチンに入る。

シンクや戸棚を見、冷蔵庫を確認し、ダイニングをうろつく。

その口元には静かな微笑みが浮かんでいた。

流石に二人の喧嘩を止めようともしないシンジの様子に気が付く。

「? シンジ?」
「どうしたの? シンちゃん」

その声に振り向くシンジの顔は、穏やかな天使のそれだった。

「「(どっキュン!!)」」

二人同時に胸が鳴る。

リビングの横にある引き戸を開けると、そこは和室。
畳があった。

その部屋を懐かしそうに見渡し、リビングから廊下を進む。

「ここだよ・・・」
「「え?」」

廊下の奥、倉庫らしい部屋の引き戸を撫でながらそうつぶやく。
そう言えば、アスカも初めて来たという気がしない。

「ここで僕は寝起きして、正面が前の僕の部屋。僕を追い出してアスカ
の部屋になったんだったよね」

「あ・・・っ!!」

ドタドタと走りより、シンジの部屋の正面の引き戸を開けた。
見たような間取り、見たような日当たり、
そして、懐かしいような窓からの景色。
ここは・・・・・・。


「そう。コンフォート17の11階A−2。ミサトさんとアスカと僕と
で暮らしてた、あの部屋だったんだ」

シンジの微笑みはとても優しげだった。


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

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